MARATHON

マラソン

NAHAマラソン サイドストーリー

Column

NAHAマラソンで育まれた夫婦の軌跡

NAHAマラソンでの電撃的な出会いから2年。夫婦が歩んできた年月はいつもNAHAマラソンとともにありました。見ず知らずのランナーや沿道の人々がまるで披露宴の出席者や赤ちゃん誕生を喜ぶ親戚のように、大会じゅうの祝福を浴びて走り抜けてきた、そんな夫婦の物語。那覇市在住のランナー、親泊まゆみさんに語ってもらいました。

恋のキューピットはNAHAマラソンのタコとウサギ

私たち夫婦にとって、NAHAマラソンは切っても切れない一大イベント。そうです、私と夫は2年前の第28回NAHAマラソンで知り合ったのです。
出会いの場はゴールした後の奥武山公園。私は完走メダルをもらってから、公園内のコース沿道で友人を応援していました。たまたま隣にいた男性がタコとウサギの不思議な被り物を身につけていて、その姿がまぁかわいいこと。お祭り気分と完走した喜びでテンションがあがっていた私はついその仮装に突っ込みを入れてしまったんです。すると彼は、沿道の人に声を掛けてもらえるからと胸に貼り付けていた「婚活中」のプレートが大雨ですっかりはがれてしまったさらなるエピソードも盛り込んできました。とにかく、突っ込みどころ満載の人。それが運命の始まりだったんです。

タキシードとウェディングドレスと

奇跡的な出会いから1周年となる第29回大会では、夫はタキシードにワイシャツ、ネクタイと正装で出走し、妊婦の私はウェディングドレスで応援。スタートを見送った後、タクシーで那覇市内を移動したので、まるで結婚式を逃げ出したあの映画のようでした。私の方が応援側なのに、ランナーから何度も「おめでとう」と声を掛けてもらいました。
奥武山のグラウンドで夫の帰りをじっと待っていましたが、時計も携帯も持たずに走っているので、間に合うのか、そもそも途中でリタイアしているのか、今どのあたりにいるのか......。まったく連絡が取れないまま待つのは気が気ではありません。ただただ、信じるのみ。制限時間が刻々と迫る中、ゴールゲートに向かって真っすぐ走ってくる夫を見つけた時は、もう、ほっとするやら、うれしいやら、いろいろな感情が込み上げてきました。夫はゴールと同時に、泣き崩れる始末。次々にゴールしてくるランナーたちがお祝いの拍手で周りを取り囲んでくれました。
後から夫に聞くと、中間地点も花火が上がる中、ギリギリで通過し、それ以降もとにかく必死。周囲のランナーが「新郎がんばれ」と応援してくれて、前へ前へ......走ったそうです。

ランナーも応援の人もみんながお祝いしてくれました
ランナーも応援の人もみんながお祝いしてくれました

夫婦の協力で練習時間を確保

第29回大会で私は応援側だったので、第30回大会は絶対に出場するぞと思っていましたが、いざ、当選してみると、産後で体力は落ちていたし、10カ月の授乳中の息子を大会当日に早朝から夕方までの長時間、実家に預けっぱなしにするのも未知の領域で、出場を躊躇してしまいました。
出場すると腹を決めたからには、何が何でも二人揃って完走が目標です。夫の出勤前に息子を預け、10分走から練習を再開。10月以降は週1回、とにかく夫には早めに帰宅してもらい、息子を預けて練習に励みました。夫も自主トレを続け、10カ月の息子も昼間の食事は授乳から離乳食へとシフトチェンジする練習(?)に励み、家族3人がスクラムを組んで本番に備えました。我が家の生活は完全にNAHAマラソン体制に突入したのです。

赤ちゃん誕生を沿道の応援の人にも報告

第30回大会の仮装は一年前、大会が終わった時点で既に決定。テーマは赤ちゃんです。「NAHAマラソンで出会った私たちに息子が無事に生まれました」と沿道の人への報告の意味合いもありました。
二人でペースを合わせてフルマラソンを走るのは初体験で、独身時代からずっとタイム更新のためにガンガン飛ばして走ってきた私にとって、併走がこんなにキツイとは思いませんでした。あまりにも苦しく、途中から「自分のペースで走っていい?」と宣言。前に飛び出して、ペースメーカーのようになってしまい、夫は「とにかく付いていかなきゃ」と思ったようです。後半、夫はだんだん遅れがちになっていましたが、沿道の応援に近い左側に寄って、「赤ちゃんだよ~」と夫自ら声を発して、気力を保ち、モチベーションを上げている姿に、夫の新たな一面を見た思いがしました。34kmの制限地点でアナウンスしていた男性に「楽しめるのも残り8kmになりました」と声を掛けてもらい、ラストに向けてスイッチが入りました。ゴールまであともう一息となった赤嶺駅周辺で、夫は泣いていました。最後の上り坂がキツイのかと思いきや、「10カ月、おめでとう~」という沿道の掛け声に感動していたのです。夫はNAHAマラソンでは毎年、毎年、泣いています。
二つの完走メダルを手に、実家に息子を迎えに行くと、息子は安心したのか急に泣き出してしまいました。我が家の男たちはみな泣き虫なんです。息子も彼なりの42.195kmをがんばったんですね。

息子と一緒に走っているような仮装を試行錯誤。顔を出す部分を丸くくりぬいて、そこが赤ちゃんの口になるように赤いメッシュの布を垂らしていましたが、走っているうちに、視界は悪く、呼吸がしづらいことが発覚。スタートして早々に前垂れは外しました
息子と一緒に走っているような仮装を試行錯誤。顔を出す部分を丸くくりぬいて、そこが赤ちゃんの口になるように赤いメッシュの布を垂らしていましたが、走っているうちに、視界は悪く、呼吸がしづらいことが発覚。スタートして早々に前垂れは外しました

二人でペースを揃える大変さを実感。人生と同じです
二人でペースを揃える大変さを実感。人生と同じです

緩い上り坂が延々と続く八重瀬町の一本道は、じわじわと足へのダメージが重なっていきます
緩い上り坂が延々と続く八重瀬町の一本道は、じわじわと足へのダメージが重なっていきます

NAHAマラソンのコースで海が最も間近に見える糸満市名城。県外ランナーからは歓声も上がっていました
NAHAマラソンのコースで海が最も間近に見える糸満市名城。県外ランナーからは歓声も上がっていました

夫婦にとってのNAHAマラソン

楽しいことが大好きな私が仮装好きの夫と出会ったのは、もうNAHAマラソンの神様のおかげです。今では二人ですっかり仮装にはまっています。仮装で走ると、沿道の人と一体になれるような気がするのです。名前を呼んでくれたり、声援がひときわ大きくなったり......。私たちにとって記念の大会だから大事にしたい、せっかくのお祭りだから盛り上げたいという気持ちも大きいのかもしれません。わざわざ応援に来てくれた沿道の人たちが笑顔になって欲しい、恩返ししたい、そんな感じです。
30回を迎えたNAHAマラソンが今後ますます歴史を積み重ねていくのと同時に、夫婦の年数も重なっていきます。息子と3人で走れる日が来るまで、夫にはがんばってもらって、ともに走り続けていきたいです。