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スペシャルインタビューVOL.3 日本自転車界の「キング」が語るサイクリング天国沖縄の可能性

Interview

1990年「ツール・ド・おきなわ」の覇者であり、ソウルやアトランタのオリンピックをはじめ世界選手権などにも出場した三浦恭資さん。ヨーロッパ等、世界を舞台に活躍してきました。これまで日本代表監督を務めるなど、若手の育成にも尽力するプロロードレーサーとして、敬意を込めて「キング」と呼ばれています。日本の自転車競技の普及強化に情熱を注ぐ三浦さんが、この春、和歌山県強化合宿、ASAHIチーム合宿で沖縄に来られたので、これを機会に沖縄のサイクリング環境と将来の可能性について話を伺いました。

聞き手 内間仁春 (一財)沖縄観光コンベンションビューロー常務理事

12月の気候の良さに驚きました、合宿地としては最高の場所です。

沖縄との出会い、合宿を行うようになったきっかけを教えてください

沖縄での合宿は、現在のようにプロ野球キャンプが隆盛する以前から行っていて、かれこれ26年くらい続けています。出会いは海邦国体(1987年)の前年、都道府県大会で来県したときです。沖縄で初のロードレースだったと思いますが、私はその大会で優勝しました。
1990年、第2回目のツール・ド・おきなわで優勝し、その大会のテレビ放映の解説者として再来沖した際、12月の気候の良さに驚いたのです。『これは自転車に乗るには最高の場所だ』と感じて自転車を取りに帰り『自分だけではもったいない』と仲間を連れてまた沖縄入りしました。

取材協力:Cafe&Bar Seaside-cafe Blue Trip取材協力:Cafe&Bar Seaside-cafe Blue Trip

合宿でのエピソードを

当時は、現在のように合宿に必要な情報提供やサポートがありませんでした。宿探しからコース設定まで全て手さぐり。予算は限られているのに、飛行機の運賃は高い。あちこち交渉した結果、名護市や恩納村を拠点にしての雑魚寝合宿となりました。今みたいにコンビニもないし、腹が減ったら練習途中の数少ない『共同売店』を頼りにするんですが、品薄の時などは、ひとつのパンを仲間とちぎりあって食べたり、ゲンマイ(玄米を原料に、黒糖・生姜を加えた飲料)だけでしのいだことを思い出します。また、練習中にパンクしたときなどは、車の往来も少ない道を遠くまでパーツ調達に行かなくてはならないし、かなり大変でした。とにかく、地元の方よりも多く沖縄を走っていると自負しているほどなので、たくさんの思い出があります。

お気に入りの練習コースなどを教えてください

気に入っているのは名護から本部半島、国頭を時計回りにまわるツール・ド・おきなわのコース。その他にも、何パターンかのコースを持っています。今日は、大宜味村の塩屋から東海岸へ抜け、本部町を通って戻る100㎞くらいのコースを走りました。女子選手にはちょうどいい距離です。補給食は目下、『手作りおにぎり』や『焼き立てパン』を備えるコンビニで購入するのがブームです。練習は、そこで好きなものを調達してスタート、途中東海岸にある共同売店に寄ります。『限定5食のソーキそば』がうまいんですが、売り切れの時はショック。以前、顔馴染みになったおばちゃんが夏にパイナップルを送ってくれたという懐かしい思い出もあります。休憩所は、最高の眺めが楽しめてトイレも備える『茅打ちバンタ』がお気に入りで、必ず立ち寄ります。

第26回「ツール・ド・おきなわ2014」大会

第26回「ツール・ド・おきなわ2014」大会

沖縄の合宿環境はいかがですか

沖縄の道は滑りやすいという話がありますが、たしかにそれは感じます。しかし、合宿で今まで何度も雨の中を走っていますが、落車事故はありません。過去のレース中に一度あったくらいです。選手は『ある程度道が滑る』と認識した上で走りますから、危険というほどではありません。気にすることはないと思います。

宿泊については、本部町の備瀬で合宿の経験がありますが、市街地に比べると食堂探しに苦労するなど、多少の不便は感じました。でも、フクギ並木の景色もいいし、あそこにもうまいそば屋があって、今でも選手たちといっしょに通っています。

合宿場所としては、手近で何でもそろう名護市街地周辺が便利でいいと思います。今回は女子の合宿を行っていますが、名護以北は信号と自動車の往来が少なく安全に走れます。本土では、この時期雨が降ったら走れませんが、沖縄ならは全く問題なし。逆に雨風がいい練習になります。とにかく、選手たちを『安全に仕上げられるこの時期の沖縄の環境』は最高ですね。きちんとしたノウハウがあれば、沖縄なら優秀な選手を育てることが十分可能です

きちんとしたノウハウがあれば、沖縄なら優秀な選手を育てることが十分可能です

沖縄における今後の選手育成にアドバイスを頂けますか

正直、これだけの環境がある割には優秀な選手があまり出ていないと感じています。大会やすばらしい練習環境があるのに、いい選手があまり出てこないのは、いい指導者が少ないからだと思いますね。国体を通して見ていると、いい選手がいるところには優秀な指導者がいます。そして、育て方や練習内容もよく考えられています。

がむしゃらに走らせるのではなく、筋力型の選手が多い沖縄の特性を生かして、まず短中距離の選手を育成すれば、それが長距離型に成長すると思います。暑いところでは長距離選手が育ちにくいことも踏まえて、夏は県外の涼しいところで合宿を行うなどの工夫も必要でしょう。育成プログラムとしては、沖縄と北海道が手を結んで、夏と冬で双方を行き来し、互いに選手を育てるのもいいと思いますよ。あわせて、日頃から子供たちが自転車に親しめるイベントを積み重ねることも重要です。過去に小学1年生から3年生で構成する子供のチームを預かったことがありますが、10人中6人が日本、アジアチャンピオンに成長しました。きちんとしたノウハウさえあれば、沖縄なら優秀な選手を育てることが十分可能だと思いますね。沖縄でシリーズ戦を開催すれば、サイクリングアイランドとしての可能性は無限に広がります。

東京オリンピックも決まる中で、合宿と海外選手誘致にどう取り組めばいいと思われますか

まず、冬場の練習環境のすばらしさを国内外にもっと発信していきましょう。宿泊施設や費用、予約状況等、細かな情報の提供、サポートも大切です。私も、2月初旬に来たかったのですが、混んでいたので、空き状況を確認した上で2月後半の来沖となりました。それと、沖縄には杉の木がないので花粉症がありません。私はひどい花粉症なので助かっていますし、花粉症がないことを広くアピールするのも効果的だと考えます。

さらに、沖縄でレースが年2回くらいあればいいと思います。秋の『ツール・ド・おきなわ』も認知されていますが、今のシーズンに合わせた『開幕戦』の開催が効果的だと思いますよ。3月にレースを開催すれば、1、2月は一気に合宿ラッシュになります。強くなるために1月、2月の乗込みを行うのは世界共通ですからね。

沖縄でシリーズ戦を開催すれば、サイクリングアイランドとしての可能性は無限に広がります

沖縄はオールシーズンレース可能。どんなに寒くても半パンOK!そんな環境が日本に存在するのですからぜひ活用しましょう。歴史あるヨーロッパでもレースは南から北上します。フランス、ベルギーあたりはシーズンになるとほぼ毎日レースがあり、日が長いので観客のことも考えて夕方から開催されます。夏の沖縄も可能性があると思います。

また、単純に距離を長くするのもいいですが、『選手には向かい風やカーブを取り入れた難しいコースを与え、力のある選手が勝つ姿を観客が楽しむ』レースもいいですね。ヨーロッパでは、よだれを流すくらいの登りの死闘や、カーブを取り入れた難しいコースでの選手たちの駆け引きを観客が楽しんでいます。しかも、石畳コースが当たり前ですから、直線的なレースが多い日本の選手がヨーロッパで勝つのは難しいし、逆にヨーロッパの選手はどこでも勝てます。オリンピックに向けて、世界の選手はツール・ド・フランスで仕上げて日本に乗り込んでくると思いますよ。

沖縄のフィールドでは、本格的なシーズンに向けたシリーズ戦等の開催が可能だと思います。練習を兼ねて複数のレースに出走できる環境が整うと、自然に合宿も増えます。海外の事例では、ツールドテキサスはヨーロッパのシーズンを前にアメリカの選手を鍛えるためのレースですが、これに世界中から選手が集まります。中東諸国やオーストラリアにも同様のレースがあり、選手はそれらに参戦してからヨーロッパへ向かいます。沖縄にもそうしたレースがあれば、サイクリングアイランドとしての可能性は無限に広がります。そして、それは沖縄に大きな価値をもたらすでしょう。

沖縄をアジアのマヨルカ島にしましょう

サイクリングアイランドを目指す沖縄にアドバイスを

 先に話した通り、ヨーロッパの選手たちは常に走って鍛えています。オフシーズンになると、彼らはスペインのマヨルカ島やオーストラリアのゴールドコーストへ渡ります。特にマヨルカ島は人気です。目的は合宿トレーニングですが、旅行社やホテルがスター選手との交流を目玉にした『サイクリングツアー』も企画します。そうしたイベントに多くのファンが参加し、お揃いのサイクルウェアを着て、楽しく華やかに走っています。また、マヨルカ島のホテルや受け入れ施設は、レンタルサイクルや駐輪施設を備えており、オフシーズンにサイクリストを招くことに成功しています。そんな、オールシーズンにぎわっているマヨルカ島は、沖縄が目指すサイクリングアイランドのモデルになり得るのではないでしょうか。
 昔は、沖縄を走っているのは私たちだけでしたが、今日は平日にもかかわらず熟年の集団とすれ違いました。この島で、自転車が確実に普及しています。台湾でも走ってきましたが、沖縄と同じように自転車が普及していて、今ではコンビニに無料で使えるツールが備えられています。沖縄でも可能ではないでしょうか。小さなことですが、サイクリストにとってはとても嬉しいことです。国頭の自然を満喫できる『大国林道サイクリングツアー』を地元サイクリストのガイド付きで催行するといった企画も、一般サイクリストを呼び込む方策としてイメージできます。課題も多いと思いますが、それを乗り越えた進化、そして『サイクリングアイランドの確立』に期待します。

沖縄をアジアのマヨルカ島にしましょう

プロフィール

1961年1月9日佐賀県鳥栖市生まれ。大阪のナショナル自転車を経て、ミヤタ工業に移籍。23歳の若さで日本チャンピオンに輝く。1988年にはソウルオリンピック代表に選出され、ヨーロッパのチームで活躍した後に1999年プロに転向。8度の世界選手権日本代表、トラック世界戦代表と3種目での日本代表を経験。1993年にはマウンテンバイクにも挑戦する。アジアンチャンピオンに3度、日本チャンピオンにも3度輝く。1996年アトランタオリンピック日本代表になり、ワールドカップ9位、パリルーベMTBで区間2位、ツール・ド・フランスMTBでも優秀な成績を残す。2000年のシドニーオリンピックでは代表チームのコーチとして派遣される。その後、MTB日本チーム監督として日本に金メダルをもたらす事に成功。2006年に再度監督に就任。2009年からは契約を終え、現在、若手の育成に力を注ぐべく新たな道に進んでいる。

あとがき

インタビュー後の余談で「以前は曲がりくねった道が多く、とてもきつかったが、道路の整備が進んでもの足りなくなった」と語った三浦さん。48歳にしてツール・ド・おきなわ120km市民レースを制したパワーは今なお健在です。「誰よりも沖縄のサイクリングを知り尽くすキング」からいただいた「アジアのマヨルカ島」をキーワードに、私たちは世界中のサイクリストに愛される「サイクリングアイランド沖縄」の確立を目指します。